沖縄空手の話
診療を終えて夕方、ふと窓の外を見ると、もう日が傾いている。今日もまた一日、患者さんと向き合って終わったなと、ユニフォームを脱ぎながら少しだけ息をつく時間があります。
そんな夜、たまに思い出すのが沖縄空手のことです。
私は現在も、とある町道場に週2回のペースで通っています。学生のころに空手部に入り、遅い青春を大学で経験した後は忙しい研修生活でいったん離れましたが、子供がやりたいという言葉をきっかけに再開して早10年になります。先週日曜の休みは子供たちの空手の型の大会(第38回タイムス全沖縄少年少女空手道大会)が開催され、私は審判として初めて参加させていただきました。子供たちの真剣な表情に心をうたれました。日頃一生懸命に稽古し、その成果を発揮する大舞台となる子供たちに優劣をつけることは申し訳なく思いますが、期待した成績が得られなかった選手もあまり重く受け止めず、また次の稽古、次の大会に活かしてもらいたいと思います。
ご存じかもしれませんが、空手の発祥はここ沖縄です。琉球王国の時代、士族の身を守る術として育まれた「手(ティー)」が、やがて中国の拳法と交わり、今の空手の形になっています。本土に渡って広まり、世界に広がっていったあの空手の原点が、実はこの島にあるというのは、沖縄に暮らす者として少し誇らしい気持ちになります。
沖縄空手の特徴は、「一撃必殺」と言われるほど、無駄を削ぎ落とした実用的な技にあります。派手な飛び蹴りや回し蹴りよりも、しっかりと腰を落として地に足をつけ、相手の力を受け流し、最短距離で打つ。型(かた)を何百回、何千回と繰り返し、身体に染み込ませていきます。あの淡々とした稽古の積み重ねこそが本質だと、沖縄空手の先生方からお聞きします。
これは、医療の世界にも通じるところがあると、私は感じています。
形成外科や美容外科の手術は、傍から見れば派手に映ることもあるかもしれません。けれど実際の現場は、地味な所作の積み重ねとなっています。糸の結び方ひとつ、針の運び方ひとつ、皮膚の扱い方ひとつ。何百例、何千例と重ねるなかで、ようやく手が覚えていきます。空手の型を繰り返す稽古と、どこか似ていると思います。
それから、沖縄空手にはもう一つ、私が好きな「空手に先手なし」という言葉があります。
こちらから手を出さない。挑発に乗らない。相手を打ち負かすためではなく、自分や大切な人を守るために身につけるもの。そういう精神性が、沖縄空手の根っこにあります。
そして私の所属している流派の祖である喜屋武 朝徳先生の言葉として有名な「長年修行して体得した空手道の技が、生涯を通して無駄になれば、空手修行の目的が達せられたと心得よ」があります。これを形成外科に例えるのは難しいのですが、自身の持っている最高難度の技術が術後合併症に使われることがなければ幸せといったところでしょうか。すでに使ってしまいました(笑)。
考えてみれば、医療もそうあるべきだと思います。患者さんに「やりましょう」と先手を打って勧めるのではなく、ご本人が「やりたい」と思って来てくださったときに、こちらが最善を尽くす。当院がインフォームド・コンセントや患者さんの自己決定をとても大切にしているのは、根っこのところで、こういう考え方と通じているのかもしれません。
私自身は空手家ではありません。たしなみ程度に、健康のために継続しているつもりで、語れるほどの腕も知識もありません(でも年に1回開催される型の大会で優勝目指してます)。それでも沖縄に暮らし、診療をするなかで、この土地に根づいた文化や精神性に触れると、自然と背筋が伸びる思いがします。
また、若くして5段、6段となったことを自慢されている方にも遭遇しますが、私自身、その様な方の空手をみて「本当にその実力はないかな」と思うことも多く、それは逆に自分が
5段、6段となった時にそう思われることが容易に予想できるので、昇段審査を勧められてもなかなか踏み出せない自分もいます。確実にその実力があるかな、、、、と思った時に昇段審査をお願いしたいとは思っています、、、
沖縄には沖縄空手会館という立派な施設があり、見学もでき、その歴史に触れることができます。観光でいらっしゃる方にも、地元の方にも、一度足を運んでみていただきたい場所のひとつです。休みの日にはよく何かしらの大会が行われています。型の演武を拝見すると、静と動の美しさに、思わず息を呑みます。
患者さんのなかには、師範を含め、長年空手を続けてこられた方も時にいらっしゃいます。手の節の太さ、足腰のしっかりした立ち姿を拝見すると、ああ、この方は鍛えてこられたんだなと、すぐにわかります。歳を重ねても、ご自身の身体と向き合い続けてこられた方の姿は、本当に美しいと思います。
美容や形成の仕事をしていると、「美しさとは何か」を考える機会が多くなります。シワがない、シミがない、たるみがない——もちろん、そういう外見上の若々しさも大切な要素です。けれど、それと同じくらい、その人の生き方が滲み出るような佇まいや姿勢の美しさにも、私は心惹かれます。
沖縄空手は、そういうことをそっと教えてくれる気がします。
今日もまた、診療室で患者さん一人ひとりと向き合いながら、基本を忘れずに所作を積み重ねていきたいと思っています。型を繰り返す稽古のように。
貴クリニック 院長 東盛貴光
形成外科専門医・指導医
このブログは毎月8日、18日、28日に更新します
